「もしも」の前に、「いま」できること
「終活」という言葉を耳にする機会が増えました。しかし「何から手をつければいいのかわからない」という声もよく聞きます。終活は暗い作業ではありません。自分のこれからの暮らしを見つめ直し、家族に安心を届ける前向きな営みです。
英語圏では「End-of-Life Planning(エンド・オブ・ライフ・プランニング)」や「Estate Planning(エステートプランニング)」と呼ばれ、弁護士やファイナンシャルプランナーの助けを借りて計画的に進めるのが一般的です。米国国立老化研究所(NIA)は「Getting Your Affairs in Order(身辺整理)」というチェックリストを公開しており、年齢を問わず準備を始めることを推奨しています。
日本でも厚生労働省が「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」として、終末期の医療やケアについて事前に話し合う取り組みを推進しています。2025年には日本老年医学会が終末期ケアに関する最新のポジションステートメントを発表しました。
「終活は高齢者のもの」と思われがちですが、50代や60代のうちから始めるのが理想的です。判断力や体力があるうちに準備をすませておくことで、選べるみちが広がります。英語圏では40代から弁護士と遺言書を作成する人も珍しくありません。
この記事では、終活で必要な準備を 10の項目 に整理しました。一度にすべてやる必要はありません。気になる項目からひとつずつ進めていきましょう。介護保険の使い方や老後のお金の備え方とあわせて読むと、より全体像が見えてきます。

チェック1:エンディングノートを書く
エンディングノートは遺言書とは違い、法的拘束力はありません。しかし家族にとって「本人がどう考えていたか」を知るための大切な手がかりになります。
記載する主な内容は次のとおりです。
基本情報 ―― 生年月日、本籍、マイナンバー、健康保険証番号などを記載します。家族がすぐに確認できるようまとめておくと、万が一のとき手続きがスムーズに進みます。
医療・介護の希望 ―― 延命治療を望むか、告知を希望するか、かかりつけ医の連絡先などを書いておきます。日本老年医学会の2025年ポジションステートメントでは、こうした事前の意思表示を「本人の尊厳を守るための重要な手段」としています。
葬儀・お墓の希望 ―― 希望する葬儀の形式(家族葬・一般葬・直葬など)、読経の有無、お墓の場所などを記します。
財産情報 ―― 銀行口座、保険、不動産、有価証券など。このセクションは別の場所に保管し、ノートには「金庫にある」などの場所だけ記載するのも安全な方法です。
家族へのメッセージ ―― 感謝の言葉やこれまでの思い出を書き残す方も多いです。法的な効力はなくても、遺族にとっては何よりの宝物になります。
市区町村の窓口で無料配布されていることがあります。自治体によってはオリジナルのエンディングノートを作成して住民に配っているところもあります。書店ではコクヨの「もしもの時に役立つノート」(約1,500円)が長く売れています。デジタル派なら「エンディングノートアプリ」も複数あります。

チェック2:遺言書を作成する
エンディングノートと遺言書は異なるものです。遺言書には法的効力があり、財産の分け方について本人の考えをきちんと反映させるための手段です。
遺言書には主に3つの形式があります。
自筆証書遺言 ―― 自分の手で全文を書き、日付と署名を記入する形式です。費用はかかりませんが、形式の不備で無効になるリスクがあります。2020年7月からは法務局で保管してもらえる制度(自筆証書遺言書保管制度)がスタートしました。保管手数料は3,900円です。
公正証書遺言 ―― 公証人が作成し、公証役場に原本が保管される形式です。作成費用は財産額に応じて数万円〜十数万円かかりますが、形式不備のリスクがほぼなく、最も確実な方法です。
秘密証書遺言 ―― 内容を秘密にしたまま公証人に存在を証明してもらう形式です。実務ではあまり使われていません。
遺言書がなければ「法定相続」のルールに従って財産が分けられます。配偶者と子どもの間で意見が食い違うと「遺産分割協議」が必要になり、合意に至らなければ家庭裁判所での調停に発展することもあります。特に不動産を共有名義にしてしまうと、後の売却や活用で揉めるケースが多いです。

チェック3:デジタル遺品を整理する
スマートフォン、パソコン、オンラインサービスのアカウント。現代の終活では「デジタル遺品」の整理が欠かせません。
パスワードリストの作成 ―― スマホのロック解除コード、メールアドレスとパスワード、ネット銀行・証券のログイン情報をリストにまとめます。紙に書いて金庫に保管するか、パスワード管理アプリの「緊急アクセス」機能を活用しましょう。
SNSやクラウドサービスの設定 ―― GoogleやAppleは「死後のアカウント管理者」を事前に指定できる機能を提供しています。Googleの「アカウント無効化管理ツール」では、一定期間ログインがなかった場合に指定した人にデータを共有する設定ができます。Facebookには「追悼アカウント管理人」の指定機能があります。
サブスクリプションの一覧化 ―― 動画配信、音楽、新聞、クラウドストレージなど、月額課金のサービスを一覧にしておきます。本人が亡くなった後も課金が続くケースがあるため、家族が解約できるよう情報を残しておくことが大切です。
英語圏では「Digital Legacy(デジタルレガシー)」という考え方が広まっています。FreeWillやTrust & Willといった米国のサービスでは、オンラインで遺言書やデジタル資産の管理プランを作成できます。日本でもデジタル遺品整理を専門に行う業者が増えてきています。

チェック4:生前整理を進める
「断捨離」と近い概念ですが、生前整理はさらに踏み込んだ作業です。自分が使わなくなったものを処分するだけでなく、残された家族が困らないように持ち物を整理します。
進め方のコツは「部屋ごと」に取り組むことです。一度にすべてやろうとすると挫折します。今週はリビングの引き出し、来週はクローゼットという具合に、少しずつ進めましょう。
処分に迷ったものは「1年以上使っていないか」をめやすにします。思い出の品は写真に撮ってデジタル化すれば場所を取りません。貴金属や美術品など価値のあるものは事前に鑑定を受けておくと、相続時の評価がスムーズです。

チェック5:保険・契約を見直す
加入している保険を一覧にして、重複や不足がないか確認しましょう。生命保険は受取人が正しく設定されているかが重要です。離婚後に受取人を変更していなかったために、元配偶者に保険金が渡ってしまうケースは少なくありません。
火災保険や自動車保険の名義確認も忘れがちなポイントです。不要になった保険は解約して保険料を節約できます。
クレジットカードも整理対象です。使っていないカードは解約しておくと、年会費の無駄を防げるだけでなく、不正利用のリスクも下がります。
保険証券を紛失した場合は、保険会社に連絡すれば再発行できます。どの会社の保険に入っているかわからない場合は「生命保険契約照会制度」を利用できます。生命保険協会が提供している制度で、1回3,000円の手数料で照会可能です。
チェック6:医療・介護の希望を伝える
「もし自分が意思表示できなくなったら」を想定して、医療や介護に関するのぞみを書面にしておきましょう。シニアの健康管理でも述べていますが、かかりつけ医との関係づくりが終活の土台になります。
延命治療の意思 ―― 人工呼吸器、胃ろう、心肺蘇生など、どこまでの処置を望むかを明確にしておきます。日本では法的拘束力のある事前指示書(Advance Directive)の制度は確立されていませんが、本人の意思を記した文書は医療チームの判断に大きく影響します。
かかりつけ医の連絡先 ―― 持病がある場合は、かかりつけ医の名前と連絡先をエンディングノートに記載します。
介護の希望 ―― 在宅介護を望むか、施設入所を希望するか。介護保険の使い方で解説しているように、介護保険の仕組みを事前に理解しておくと、家族との話し合いがスムーズに進みます。
米国のAdvance Directiveとは異なり、日本では事前指示書に法的拘束力がありません。しかし厚生労働省は「人生会議(ACP)」として、医療者・家族と事前に話し合うことを推奨しています。書面に残しておけば、たとえ法的効力がなくても、家族や医療チームが本人の意思を尊重するための重要な手がかりになります。

チェック7:葬儀の事前相談をする

葬儀は突然の出来事の中で短期間に決断を迫られるものです。事前に情報収集をしておくと、いざというときに冷静に判断できます。
葬儀社の事前相談は無料で受けられるところがほとんどです。見積もりを複数社から取り、費用感をつかんでおきましょう。家族葬の場合は30〜80万円、一般葬では100〜200万円が目安です。ただし地域差が大きいので、地元の相場を確認することが大切です。
互助会(月々の積立で葬儀費用を準備する仕組み)に加入している方は、契約内容を確認しましょう。解約時に手数料が差し引かれる場合があります。
チェック8:お墓・供養の方法を決める
従来型のお墓だけでなく、現代ではさまざまな供養の選択肢があります。
一般墓地 ―― 石材店で墓石を建て、寺院や霊園で管理してもらう形式です。初期費用は100〜300万円が目安。年間管理料は5,000〜2万円程度。
樹木葬 ―― 墓石の代わりに樹木を墓標とする形式です。費用は20〜80万円と比較的リーズナブルで、近年人気が高まっています。
納骨堂 ―― 室内に遺骨を安置する施設です。都市部ではアクセスの良さから選ばれるケースが増えています。一体あたり30〜100万円が相場です。
散骨・海洋葬 ―― 遺骨を粉末にして海にまく方法です。費用は5〜30万円。法的にはグレーゾーンとされてきましたが、ガイドラインに沿えば問題ないとされています。
少子化や都市部への人口集中により、お墓の維持が難しくなるケースが増えています。墓じまい(改葬)の手続きは、現在のお墓がある市区町村で「改葬許可証」を取得し、新しい納骨先に移す流れです。費用は30〜100万円程度。早めに検討することで選択肢が広がります。

チェック9:相続の準備をする
相続税の基礎控除額は「3,000万円 +(600万円 × 法定相続人の数)」です。たとえば配偶者と子ども2人の場合、4,800万円までは非課税。この範囲を超える場合は、生前贈与や生命保険の非課税枠を活用した対策が考えられます。
相続の準備で最も大切なのは「財産の棚卸し」です。不動産、預貯金、有価証券、生命保険、借入金をすべてリストアップしましょう。老後のお金の記事でも触れていますが、資産全体を把握することは終活の土台になります。
不動産の登記情報が古いままになっていないかも確認ポイントです。年金の繰り下げ受給とあわせて、お金まわりの整理を進めておくと安心です。2024年4月から相続登記が義務化されました。過去の相続で登記をしていなかった場合、3年以内(2027年3月まで)に手続きが必要です。
2024年4月1日から、不動産の相続登記が義務化されました。正当な理由なく3年以内に登記を行わない場合、10万円以下の過料が科される可能性があります。過去に相続した不動産も対象です。早めに司法書士に相談しましょう。
チェック10:家族と話し合う
チェックリストの最後に、そして最も大切なのが 家族との対話 です。
エンディングノートを書いても、遺言書を作成しても、その存在や内容を家族が知らなければ意味がありません。「終活を始めた」と伝えるだけでも、家族は安心します。
英語圏では「The Conversation Project」という非営利団体が、終末期の希望について家族と話し合うためのガイドを無料で公開しています。「大切な人と大切なことを話す」ことは、文化を超えた普遍的なテーマです。
話し合いのきっかけとしては、テレビのドラマや近所の出来事を引き合いに出すのが自然です。かしこまった場を設ける必要はありません。お茶を飲みながら少しずつ、何度かに分けて話すのがよいでしょう。

終活チェックリスト一覧
ここまでの内容を1枚のチェックリストにまとめました。印刷して手元に置いておくと便利です。
| # | 項目 | 優先度 | 目安期間 |
|---|---|---|---|
| 1 | エンディングノートを書く | ★★★ | 1〜2週間 |
| 2 | 遺言書を作成する | ★★★ | 1〜3か月 |
| 3 | デジタル遺品を整理する | ★★☆ | 1日〜1週間 |
| 4 | 生前整理を進める | ★★☆ | 数か月〜1年 |
| 5 | 保険・契約を見直す | ★★☆ | 1〜2週間 |
| 6 | 医療・介護の希望を伝える | ★★★ | 1日 |
| 7 | 葬儀の事前相談をする | ★★☆ | 1日 |
| 8 | お墓・供養の方法を決める | ★☆☆ | 数か月 |
| 9 | 相続の準備をする | ★★★ | 1〜3か月 |
| 10 | 家族と話し合う | ★★★ | 随時 |
すべてを一度にやろうとする必要はありません。まずはエンディングノートの基本情報の部分だけ書いてみる。それだけでも大きな一歩です。年に一度、正月やお盆のタイミングで見直すと、少しずつ充実していきます。
よくある質問

Q: 終活はいつ始めるのがベストですか? 体力と判断力がある50〜60代がベストです。70代以降でも遅すぎることはありませんが、認知機能が落ちてからでは遺言書の作成がむずかしくなります。米国の全米老化評議会(NCOA)も「できるだけ早く始めること」を推奨しています。
Q: 終活にかかる費用はどのくらいですか? エンディングノート代(0〜1,500円)と遺言書作成費用(自筆なら0円、公正証書なら数万円〜)が中心です。弁護士や司法書士に相談する場合は別途費用がかかります。自治体の無料相談を活用すればコストを抑えられます。
Q: エンディングノートと遺言書の違いは? エンディングノートは法的効力がなく、自由な形式で書けます。遺言書は法的効力があり、決まった形式に従う必要があります。両方を用意するのが理想的です。エンディングノートで想いを伝え、遺言書で財産の分け方を確定させるという使い分けがおすすめです。
Q: 家族に終活の話を切り出しにくいのですが? いきなり「終活を始めた」と言うのは確かにハードルが高いです。「友人が終活セミナーに行ったらしくて」「テレビで見たんだけど」という話題から入ると自然です。エンディングノートを家族に見せて「こんなの書いてみたんだけど」と切り出す方も多いです。
Q: 認知症になった後でも終活はできますか? 認知症の診断を受けた後でも、軽度であれば本人の意思で終活を進められる場合があります。ただし遺言書の作成は「遺言能力」が必要で、判断力が著しく低下している場合は無効になる可能性があります。認知症予防の記事でも触れていますが、早めの対策が何より大切です。
参考文献
本記事は一般的な情報提供を目的としています。法的なアドバイスや個別の相談は、弁護士・司法書士・ファイナンシャルプランナーなどの専門家にご確認ください。制度の内容は法改正により変わる場合があります。
- National Institute on Aging. "Getting Your Affairs in Order Checklist." nia.nih.gov (2026年4月参照)
- The Japan Geriatrics Society. "2025 Position Statement on End-of-Life Care for Older Adults." Geriatrics & Gerontology International (2026年4月参照)
- FreeWill. "End-of-life planning checklist." freewill.com (2026年4月参照)
- National Council on Aging. "Estate Planning Checklist for Older Adults." ncoa.org (2026年4月参照)
- Wikipedia. "Shukatsu (end-of-life planning)." en.wikipedia.org (2026年4月参照)
